2008年07月01日
from Editer 〜ひこうき雲
1973年の12月たぶん第1の日曜日
最近「1週間前の同じ曜日何してたっけ・・??」なんて事が多くなって来た。
加齢のせいだけで無く、誰でもあるらしい。
反対にかなり昔のことを克明に記憶していたりして自分でも驚く事がある。
こちらは加齢のせいかもしれない。
1973年12月2日(日)もし記憶違いだとしても、9日(日)聖日礼拝終了直後 「帰り、家に遊びに来いよ。聞かせたいLPがあるんだ」ひとつ年長の友人N(先輩)が自宅に誘ってくれた。
当時高校3年生。しかし大学受験は半ば諦めていた。
実は学力以前の問題で、今では考えられないほど大学は学生闘争で荒れていて、全共闘は東大安田講堂事件以来壊滅的打撃を受けていたが、それでも小さいセクト争いは現実あって受験も正常に行われるかどうかすら不透明だった。
だから別に受験勉強もとりたてて何もやらなかった。
そもそもそちら方向の思想も革命も持ち合わさない自分は大学進学自体気乗りがしなかったのだ。
革命は自分の内なるものへの逃避としかとらえられなかった。
自宅に誘ってくれたNは一浪組で北の国立をめざしていた。追い込みの時期だけれどもそれでも息抜きだろうか隔週位は何かと誘ってくれた。
「きょうはLP鑑賞会なんだ?」徒歩で2分ほどの保土ヶ谷区の高台、友人N宅でお昼をご馳走になっていた。
「先月の20日に発売されたけど泣けるぜ、詩も、唄声も」とN。
「唄声・・?どんな!」と私。
「いいから聞いてよ、いままで出てこなかったタイプの新人だぜ!」とN。
白い坂道が空まで続いていた・・ この日初めて、生まれて初めて”荒井由実”の声を聞いた。
それはLPからだったけれども確実に自分の心中に音楽に対する 〜以前 〜以後という境界線を創った。
分水嶺を見つけたような、滝音がする様な打ちのめされるショックだった。
ユーミンでも、松任谷由実でもなく ”荒井由実”そのもだった。
その友人にその日、二千円借りたのははっきりと覚えている。なぜ二千円かと言えば帰りにそのLPを購入するためにだ。同級生大庭君の実家がやっていた、マリウスへ寄って¥2300.のLPを買った。もちろん消費税も無い代わりに割引もスタンプカードも無かった。
買ったあとは自宅に急いだ、ナガオカのダイヤモンド針は、ほんの最近交換したばかりだった。
そんな記念すべき日は未だに2日か9日だかがはっきりしないのは、ちょっとばかり悔しい。






